カテゴリー別アーカイブ: 2011 vol4

2011 自然エネルギー

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■■会場の電気は太陽光発電■■

昨年のvol3では、山形のソーラーワールドさんの協力のおかげで演奏から夜の交流会までを太陽光から作られた電気を使用しました。
もちろん今年もお世話になりたいな~と思っています。

*写真はvol3で実際に設置したパネル。会場に降り注ぐ太陽の光でライブができる喜びを感じることができました。

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■■ブログのプロバイダーは風力発電■■

そして、このブログのプロバイダーは風力発電の電気を使用しているgreenwebsさんの協力で完成しました。なんと非営利団体は無料です。でも、会社とかもぜひ協力してくださいね。

そして、この2社の方は当日のフェスにも参加してくれました。
仕事を超えたとこで繋がっている感じがして、本当に嬉しいです。

2011 TALK

■小笠原厚子&澤井正子

【小笠原厚子さん】
熊谷あさ子さんの4人の子どもたちの長女。2002年から母とともに大間原発の反対運動に関わる。現在は函館の隣の北斗市に住みながら月の半分を大間で過ごし、あさこはうすのまわりの畑で野菜や花を育てている。「大間原発訴訟の会」の原告の一人。あさ子さんとは違う方法で土 地を守り続けている。その一つが「あさこはうすに手紙を送って!」で、「郵便物があれば配達の人が出入りし、ここに人の暮らしがあることを示せ る」ということだ。
039-4601 青森県下北郡大間町大字大間字小奥戸396 あさこはうす内 小笠原厚子


【澤井正子さん】
東京生まれ。1992年から原子力資料情報室スタッフ。核燃料サイクル問題を担当し、六ヶ所村をはじめとして核燃料サイクルにかかわる全国の現場で精力的に活動している。

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■冨田貴史、YAM、武藤北斗
「何がとびだすかわからないトーク~ニッポンタテヨコ(日本の生地を紡ぐ)~」

冨田貴史 とみた・たかふみ
1976年千葉県出身。京都府在住。エネルギー、お金、暦のワークショップ・ファシリテーター。ドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』の制作に携わる。著書に『わたしにつながるいのちのために』『美しい海と私たちの未来』

YAM やむ
1952年神奈川県出身。青森県八戸市在住。青森に移住して19年。はじめは六ケ所のことも大間のことも知らなかったが、2001年に「フランス の怒れる母たち」の話を聞き核燃問題とかかわり始める。その後熊谷あさ子さんから大間原発にまつわる話を聞き、本格的に活動を始める。PEACE LANDを主宰し、「マジで楽しく!楽しくマジで!」を合言葉に「反核」をポップな場へと引っ張り出すことを目論んでいる。


武藤北斗 むとうほくと
1975年九州出身。宮城在住。水産会社で働くかたわら反核を叫びはじめた3児の父親。「普通の人だって声をだしていいんだよ」「情熱という名の才能」を合言葉に楽しく反核を続ける事を目指している。NPO地球とともに代表。

2011 出演

大間の海を守りたい』『大間に原発はいらない』そんな反核の意識を共有する方にぜひ参加して欲しい。
そんな想いを込めて、入場料無料のロックフェスとなっています。

その為、本当に恐縮しておりますが出演者の皆様にも交通費や出演料を支払う事ができておりません。
逆に言えば、それでも、自腹でも、反核の想いをもったアーティストが本州最北端の大間に集合するのです。
この場をかりて、出演していただいく皆さんに御礼を申し上げたいと思います。

『ありがとうございます』

2011年5月6日現在の出演者

■■■ 出演決定!!!(敬称省略させて頂いております) ■■■

【いしだ壱成】

応援メッセージに素晴らしいメッセージをくれたいしだ壱成さんが急遽参加してくれることになりました。何と22日の最後にDJでパフォーマンスしてくれるそうです。

最後の最後まで帰れませんよ~!

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【内田ボブ】http://amanakuni.net/bob/top.html

急遽内田ボブさんが参加してくれることになりました。

ますますすごいイヴェントになってきたぞ!!!

1952年、湘南生まれ。
15才より旅に出る。
コミューン運動『部族』に参加。 西表島をへて、信州・大鹿村に入った日にチェルノブイリ事故が起きる。
オキナワ、アボリジニー、アメリカインディアン・・・自作詩のほか、ナナオ、ゲーリー(スナイダー)、ナーガ(長沢哲夫)を歌う。 作品はテープ「Rolling Dragon」、YAPA CAME TO YAPONESIA」、「どろ足のままで」、「Love Letter to PRAHA」、「SACRED RUN」、「LUWAN」、 CD「水の島」、「つなぎあわされた虹の輪を」など。

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【Nort Hempire】http://www.coh-nh.com/

青森県おいらせ町から現れたリアルでイカレてて無軌道なヒップ・ホップ・ユニット。現在は7人で活動しているが、果たして「大MAGROCK vol.4」には何人で、そしてどんな毒を持って登場するのだろう。

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【hawkcrower(輝鷹&Sage)】

輝鷹:2006 年バンド活動を経て、ソロに転身。現在はアコースティックギター一本での演奏、弾き語り、ジャンルレスにダンサーやミュージシャンとセッションを行ってい る。クラブ、ライブハウス、寺社、野外イベントにてライブを行う。誰の心の中にでもある、柔らかい部分にふれるような詩と旋律を謳う。http://www.myspace.com/terutaka

Sage (カリンバ) :空間に染み入るような「カリンバ」の音色に魅了され独学で奏法を習得し音楽活動を始める。 繊細で独創的な演奏が反響を呼び幅広いジャンルでのコラボ経験多数。現在は自ら演奏する楽器を製作する傍らワークショップも精力的に行っている。hawkcrowerではジャンベを担当。

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【風義】http://www.myspace.com/kazeland
大分県日田市に生まれ育つ。 高校卒業後、映画監督を目指し上京。バンド活動を経て1996年ごろよりシンガー&ソングライター、「風義(かぜよし)」としてソロ活動を本格化。ライブハウスやイベント、異種コラボなどの活動にくわえ演劇や映像などへの楽曲提供もしている。小笠原へ旅をしたことがきっかけで環境問題への意識が高まり、アーティストとしてもエコロジカルな活動へ関わってゆくようになる。 ライブ時にはキャンドルを携えた自主節電ライブが恒例。物々交換やキャンドルナイトのイベントなど企画主催。 2003年 9月CD ミニ・アルバム「描きかけの絵日記」発表 。2007年 8月CD自主制作「おくればせ」 、2008年 11月CD シングル「やまずめぐる」発表。

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【和氣音】

2008.08.08 に 石笛の響きからはじまった新時代の能楽ギャザリングバンド。ジャンルにとらわれない 内なる響きを楽しみ、キャンピングカーで旅をするアーティスト集団。石笛(いわぶえ)、ディジュリドゥ、ジャンベ、ギター、バンスリー、琴、ホーミー、 歌、踊り、などなど様々な楽器や体を使ってその「時」を即興で音に変えて響かせる。荒々しくとも 和かな氣で、音を奏で、目に見えないエネル ギーを感じ、 身体を委ね て表現する演奏でその場の「氣」を一つにする。そこから生み出される音楽は∞である。

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【たね。】

バンジョーとピアノの二人組。 ふたりの出身地(?)である「たね島」に起こった事件や伝説の物語を歌っています。 ふたりのゆるいキャラに癒されてしまうこと間違いなし。全国各地のイベント、祭り、幼稚園、各種施設、ライブハウスなどで演奏活動しています。子供たちと接する機会が少なくないので、いつも「子供たちに明るい未来を!」という思いを込めて演奏しています。

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【さっちゃんBAND】

タイミングのカムイの導きで、大マグロックのためにバンドを結成することにしました。「やかましいの担当」でシャウトしまくりまっす☆
ちなみに俺の実家は、対岸(北海道の渡島半島)のホタテ漁師。津軽海峡さ核いらねえ!んだんだ!

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【三宅洋平】

http://ameblo.jp/miyake-yohei/音楽家・詩人・百姓(見習い)
1998-2008 犬式 a.k.a.Dogggystyle の歌とギター。2009’ソロ活動を主体に動きはじめる。DJとしてはMKY名義での活動をしている。徹頭徹尾(2002’〜)、nbsa+×÷(2004’〜)主催。
1978年ベルギーで生まれ、21世紀初頭の混沌とした日本に現れた、チェ・ゲバラの様に情熱に満ちた愛される文化革命家であり、LIFE IS BEATFULを体現する一児の父。既存の枠に囚われることなく、貪欲に音楽史を紐解くDJ MKYとしての顔を持ちながら、REGGAEやPUNKの志をJAMで昇華し、愛のあるREBEL MUSICを1998年から紡いできたバンド、犬式a.k.a.Dogggystyleのフロントマンとして、唄とギターで魂をかき鳴らしていた歌唄いにして謳い手。
2009年春より10年続けた犬式の活動に区切りをつけ、ソロでの弾き語りで「中積み時代」と称して全国を行脚。2010年、話題の最強面子による新バンド(仮)ALBATRUSを始動。未リリースにも関わらず、多くの夏フェスに招かれ熱いツアーを敢行。各地で熱狂をもって迎えられた。

*ソロorバンドは未定となっております

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【こだま】

玄米菜食屋台で旅するふーてんミュージシャン。 祝島から旅をしながら大間に向かいます。MCも楽しみです。

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【かたつむりスピード】

ギターボーカル:新谷 達郎(アラヤタツロウ)、パーカッション皀 隆司(クロゴメタカシ)。2009/11月頃かたつむりスピードの2人で経営する北海道苫小牧市にあるbar old内で結成。4~5年前からセッションやLIVEをしてきてはいたが、かたつむりスピードという名前を付けた約1週間後に、元お笑い芸人で、現在環境活動等をしている映画監督のてんつくマンに気にいってもらい、CDリリースに関わってもらう事になったが、皀の一人旅によるリリースの延期等いろいろあり、やっぱり自分達でやろうという事になり、現在もDEMO CD-Rを売ったお金や、投げ銭LIVE、LIVEのギャラでやりくりしながら細々と活動している。
2010年夏、達郎の願いが叶い、ライジングサンロックフェスティバル2010のタイラクルのステージでLIVE!10年越しの夢が叶い、感動と感謝の気持ちで満たされる。幸せな空間を提供してくれたCJ氏、タイラクルメンバーに感謝!2010年秋、北海道厚真町にて、皀の夢だった自作のフェスold camp2010を開催!ギャラが少ないにも関わらず、参加してくれたDJ並びにアーティストの方々にも感謝!かたつむりスピードは世界中を平和にするために歌を歌い、音を奏でています。twitter:katatsumurispeeでやってます。ホームページはありません!爆

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【ちだ原人】http://www.myspace.com/chidadanuts
石巻在住のラスタマン。熱いROOTSレゲエと深楽しいMCが魅力。彼の歌を聴かなければ、東北のレゲエは語れないかも。

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【アストロ ブルー スター】http://www.myspace.com/astrobluestar
毎年、広島長崎に原爆の日に慰霊祭ツアーを行うなど、反核な活動を続ける菜食☆泥んこ★有機ロック☆定形外ミュージック。特にメッセージの強い歌は聴くものの心を優しく力強く包んでくれる。自身は完全菜食(ビーガン)であり、動物を殺したり、飾ったり着たり、搾取したり、食べたり飲んだり、実験したりしない。純粋で熱いオルタナティブなロック!!
≪メッセージ≫「歌」には「うったう」と言う語源があるそうです。表面的な祈りや、気持ち良いものだけが、歌ではないんです・・・・・(祈りにも色々あるんですね・・・優しさにも・・・僕は、歌を通して、それを知りました) 。僕を触媒にしてこの宇宙や時空や誰かや何かの何処かから生まれてきた愛(歌)達・・・・その、うったえ・・・・「愛」 。どうぞ感じてくださいね♪ 優しい食事は優しい未来を創る☆ミートフリー★野菜食べよう♪ LOVE☆PEACE&ECO★FREE♪
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【熊谷もん】
1957年宮城県気仙沼市に生まれる。1975年上京し舞踏家土方巽に師事。1984年郷里にて小劇場『銭神ホール』を創設し、音楽製作や舞踏公演、様々なイベントをオーガナイズする。1986年頃よりルーツミュージックシーンに参加し、1987年ルーツダブユニット『アラタクラ』を結成。日本各地での演奏活動を始める。この頃から日本のオルタナティブムーブメントとのかかわりが始まる。1988年長野県の山村に移り住み、同年長野県富士見町で開催された『88いのちのまつり』に企画から参加、『アラタクラ』『センシピリアンズ』のメンバーとして出演する。1989年『スマルス』を結成。読売ランドで開催された『ライオンのうた』に出演。全国ツアーを行う。1990年からソロとしての活動に入る。1991年初ソロアルバム『あかるいきざし』を発表。1993年オリジナルのひょうたん弦楽器『モナケパ』を創作。東京、京都、大阪など各地で『モナケパ』の展示即売会を開催する。モナケパを使用しての作曲、演奏活動を行う。1995年頃ペットボトルを利用してのランタン『ペットボトルランタン』を考案。1997年タイ・チェンマイで開催された『いのちのまつり』に参加。1998年インド・ベンガルでバウル・フェスティバルに出演。1999年ミニアルバム『パンパラ~宇宙のだいじょうぶ』を発表。この頃エレクトリックモナケパのフィードバック奏法を確立する。2004年から三陸海岸唐桑半島で野外アートフェスティバル『星まつり』をオーガナイズする。2008年4月『アースデイ東京』に出演。本格的に音楽の旅を再開する。
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【ラビラビ】http://www.rabirabi.com/top/top.html
ふたりの打楽器と声の破天荒なフリースタイル3人組。自然と一体となり即興で紡ぎ出すリズムと唄は、太古と未来が波のように押し寄せ、「縄文トランス」と呼ばれる新しい祝祭空間を創りだ している。東アジアの各地で年間100本を超えるライヴ,フィールドレコーディングを行うサウンド ジプシー。
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【jiのma】http://kengoma.net/profile.html
吉田ケンゴ氏がその時やりたい人と行うバンド。入念なリハーサルを行い毎回新鮮なライブを披露する。
≪吉田ケンゴ・プロフィール≫昭和34年4月18日生まれ 埼玉県飯能市 在住 。吉田ケンゴは何でも作る。造形作家としては・・・過去に、牧原則之、チャラ、ゴンチチ、土屋昌巳、遊佐三森、いしだ壱成 などのCDジャケット用オブジェやステージオブジェを作る。最近、竹と土でかわいいドーム型の家を作った。カリンバや太鼓も作る。唄も作る。最近話題になっている、あの「パチカ」の開発者であり、名付け親でもある。最近野外イベントなどで見かける話題の台風に勝てるテント「KengomaDome」も作っている。 また、12年間続いたアウトドア越冬キャンプギャザリング「ひょうこま」のチーフリーダー。毎年、東明治公園でBE-IN(http://be-in-tokyo.net/)を行っている。過去にDREAMS COME TRUEの吉田美和にパチカのレクチャーを行ったり、自作のカリンバやジャンベで、マンデーミチル、いしだ壱成などのレコーディングに参加。現在、《YARZ》のドラマー、真砂秀朗、Yae、そして非戦・非核・憲法9条を守る、をテーマに《jiのma》を結成活動中。2002年オリジナルソロCD「LoopDub」を発表
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【KEN子】『93年~学園祭から市や県のイベントまで携わり、’99年~自主企画イベント「ClapHands!!」を立ち上げ、県内外で野外無料開催、オムニバスCD3枚を全国へ。10年以上もバンド達の世話を焼き「沖縄インディーズの母」とも呼ばれたが、現在は自称「御隠居」。その後も、さまざまなイベントに「エコ番長」として関わりつつ、ウクレレ&アコギの居眠り系ユニット「すべりだい」としてマイペース活動中。
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【苫米地サトロ】http://www5e.biglobe.ne.jp/~mihyaku/culture/satoro/album.htm1964年、福島県に生まれる。22才より創作と、宮城県仙台市街アーケードでのストリートライブを始める。90年のインド旅を経て、94年の1stアルバム発表以降、那覇から札幌までの各地で歌うようになる。01年、2ndアルバム『遠い空 同じ月』を発表。作品のメッセージ性と詩情のバランスには定評があり、ステージではその声量とあいまって、サトロ節ともいえる独自の世界を展開している。
≪代表曲「LUCKY DRAGON」について≫
1954年3月の第五福竜丸事件は世界中に報道され、当時、米人画家ベン=シャーンは連作「LUCKY DRAGON」 シリーズを発表しました。ラッキー(福)、ドラゴン(竜)で福竜丸の英語読みです。シリーズは現在、世界中の美術館等にばらばらに所蔵されていますが、そのうちの一枚が、日本の福島県立美術館にあります。事件から十年後に生まれた僕は、この絵と出会ったことから、メッセージをこめたポップソングを作っていこうと、シンガー・ソングライターを始めました。最初に作った曲が、絵の題名を拝借したこの曲です。兵器利用、産業利用を問わず、核廃絶を願いながら、21年間うたい続けています。
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【zodiac nova, pop-machine & contemporary system】http://www.myspace.com/znpmcs

Taku-changとYAMによるハイブリッド・ユニット。
自分たちが育って来たロックのスピリットに、ある意味世界のローカルであり2人がシンパシーを寄せるブラジル、アルゼンチン、クーバなど南米の音楽の血をカクテルし、東北モダニズムで練り上げることによって出来上がる独自の音楽を目指す。今年ユニット結成から11年を迎え、ますますローカルという場での活動の重要性を実感し、その中で様々なカルチュアやムーヴメントとつながり、いかに八戸や青森また東北を発信していけるかということが自分たちの方向だと感じている。元来北東北民俗は蝦夷(えみし)と呼ばれ、文明圏の外の未開人ということで日本人として認められない存在だった。現にこの地の人々は独特な思考回路と精神構造を持ち、不可思議な文化が今でも息づいている。ここは始源的なるものと前衛的なるものとが混在する地だ。ところが日本の近代化と統合に伴い中央的思考の中でその特殊性が否定され、平均的なものへと均(なら)されて来てしまった。慣らされ騙されあげくの果てに持ってこられたのが再処理工場という時代錯誤の異物だった。だけどこれからのこの国に必要なものは埒外の思考、奔放な精神、わかりやすく言えば「びっくり仰天!」「イカレテル!」「怒れてる!」「イカしてる!」それこそが東北だ。古くは縄紋時代の破天荒さから陸羯南(くがかつなん)、棟方志功、高橋竹山、宮沢賢治、寺山修司、土方巽らを貫く測りきれないあるものこそ東北だ。そしていかにそのネイティヴをポップにアーティフィシャルに表現していくか・・・だからポップ-マシンなのだ。
東北よ箍(たが)をはずせ!!
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【Mat Arrow T8 Shock】http://www.myspace.com/matarrowt8shock
since Dec 1994,Full Improvisation Rock.Ingredients:Pedals,Feedbacks,Noises,Stones,Blood,Sweat,KIAI,Accident,Necessity
MAGROCKvol.3のオープニングを飾った爆音即興バンド。
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2011 LIVE PAINTING

Live Painting / ライヴ・ペインティング

【SUBLOW】from HACHINOHE

宮城県仙台市生まれ。

2000年頃知人に見せられたGRAFFITIに影響を受け………………………。。。

2006年頃よりショップやイベントでのライブペイントを中心に東北6県などで活動。

2009年八戸へ移住,,,,,,永住。 続きを読む

応援メッセージ

【Shin02】さん

「瞼の裏に未来を描こう、そして皆で実現しよう」

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【Candle JUNE】さん

”原発神話のひとつの要が六ヶ所村再処理工場
今だれをもせめることなく、あたらしい神話を青森から再出発を願います”
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【小出裕章】さん(京都大学原子炉実験所)
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/

宮澤賢治さんは「農民芸術概論綱要」に「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福は得りえない」と記しました。
私はそのとおりだと思います。享楽的な都会の生活を支えるために、原子力発電所は過疎地に押し付けられてきましたが、そのようなやり方を認めることはできません。
賢治さんは続けて「個性の優れる方面に於て、各々止むなき表現をなせ」と記しています。
原子力の世界にいる私は、原子力を廃絶するために、私ができることを探します。でも、原子力の問題は、差別そのものの問題であり、私たちがどのような世界を生きたいのかという問題です。私には、曲を作ることはできません、詩を書くこともできません、歌を唄うこともできません。みなさんそれぞれが、個性を生かし、抑えても抑えても自分の中から湧き上がる思いを形にした時、きっと原子力は止められると思います。

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【奈良大介】さん

今回は、せっかくのお誘い、残念ながらタイミングが合わず、参加できませんが、心は一つです。僕も、少しでも、原発のこと、政府のやり方のこと、 汚い心ない人たちのことを、一人でも多くの人に分かってもらおうと、日々、音楽を通じ、くじけずに、どんな状況にあっても、伝え続けています。そして、これからも、メッセージを発して、必ず、苦しむ人たちが、お金に心を汚している人たちが、いつの日か救われ、自分の心にも革命を起こす時が来るまで、ゆっくりですが、続けて、行動をしてゆきます。またどこかで必ずlinkできる時を楽し みにしています。明るく真剣に、戦ってゆきたい。皆様と志は同じです。
2011.2.4 奈良大介

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【ピーターバラカン】さん
原子力発電をなぜ受け入れることができないかというと、答えはいたって簡単です。環境汚染。放射能で汚染された水が必ず外に排水されるので、周囲に対する汚染を防ぐことはできないようです。またその周囲が川や海となると汚染を食い止めることはますます難しいです。もう一つは廃棄物の処理。核廃棄物を長期にわたって安全に貯蔵する技術を人間は持っていません。いつか確実に誰かが放射能の犠牲になることになります。我々の子孫に対してそんな無責任な行動を誰がとれるでしょう。そして技術がどんなに優れていたとしても、人為的なミスなどによる事故は何回も起きています。大惨事がまだ起きていないのが不幸中の幸いと言えますが、原発の建設を容認する政治家たちも隣に住むかと誘われてたら、喜ぶ人はいるのでしょうか。
フェスティヴァルの当日、一曲リクエストさせてもらえたら嬉しいです。セット替えの間にでも、ランキン・タクシーの名曲「誰にも見えない、匂いもない」をPAから大きく流して、放射能の汚染の前で誰もが平等に滅びることを皆で再認識しましょう。

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【いしだ壱成】さん

http://www.isseiishida.com/

この文章を書いているのは2011年4月4日の早朝です。あれから25日、ようやく僕自身色々とココロの整理がつき始めた所でした。ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマ。日本人は再び、そして更なる放射能汚染の脅威と向き合って生きてゆかなくなければなくなりました。今まで、子どものころから原発と向かいあって生きてきて、こうなることだけは
絶対にあってはならないと心の底から思っていました。小学校のころに清志郎の「サマータイムブルース」を聴き、伊方のデモに参加し、中学に上がって「いのちの祭り」を経験し、色んな原発についてのシンポジウムや話し合いをしているのを聞いて子どもながらに「怖すぎる」と正直かなり怯えながら、山のなかで暮らしていました。中学生活の半ばに、オーストラリアへ留学したときには「ああ、これで原発の少ない国に来れた」と少し胸を撫で下ろしたのを覚えています。それから20数年、今役者と音楽家を兼ねるアーティストとして、主に日本と中国で活動していますが、一昨年、とある縁があって青森にDJイベントで地元有志に呼んで頂き、ファッションや音楽で青森を盛り上げたいという地元の仲間たちも出来、以来何度も青森には通っていました。震災、いや、原発そのものがなければ去る3月19日に青森SWALLOWというクラブで僕がレギュラーDJを務めるパーティーもありましたが、勿論延期になりました。それほどに自分にとって縁のある青森県。思い起こせば、90年代初頭に僕がまだこの仕事を始める前の16歳のころ、ルーツロックレゲエのキーボーディストを担当していたとき、六ヶ所村でライブコンサートもやりました。と、思い返せばそのはるか前から縁があったんだなぁと勝手に思っていますが、とにかく、大間の現状にはびっくりしました。それはまだ震災前の青森での出来事でしたが、イベントを応援してくれて、尚かつ僕を兄の様に慕ってくれる、地元青森や五所川原や弘前の若いセレクトショップの店員さんたちや地元のDJの仲間たち。みんな青森でもとびっきりのお洒落さん&お洒落ちゃんたちです。そんな子たちのなかに、原発に、というよりもっというと大間原発に興味を持ってくれている子たちがいました。よく行くとはいえ、僕は東京の人間。いま現在、大間の工事がどの程度進んでいて、どの程度、進んでいないのか、いまいち地元にいないと分からない情報やそういったニュースをメールで送ってくれる様に彼女たちにお願いしました。僕が原子力に対してはNOな人間だったので、拙いながらも持てる知識を彼女たちにフィルター無しに伝え、彼女たちもそしてちゃんと「かなりウチらの将来にとって重要なこと」として受け取ってくれました。実は大MAGROCKのことも、「壱成さん!ウチらより早くもうこんなことやってる人たちがいるよ!」と彼女たちがあれこれ調べて僕に教えてくれたのです。そして、今度は子どもの頃に原発の何たるやを徹底的に僕の頭に叩き込んだ自分の母親づたいに、Twitterやネットをつたっていって、こうして文章を書かせて頂いています。そんな時間の流れのなか、彼女たちは次々と大間に関する情報を送ってくれるなかで、むしろ彼女たちの方が大間について、六ヶ所について、もっというと原子力発電、というものについて詳しくなっていってる様に感じました。年齢でいえば、36歳の僕に対して23歳とか24歳くらいの若くて仕事の出来て音楽大好きでファッショナブルな子たちが「MOX燃料ってさぁ…」とか「じゃあ大間はさぁ..」とか、そんな会話を当たり前の様にしていて、不謹慎ながら「心強い」と感じてしまったものでした。そして、そのほんの数週間後。震災が起きました。たくさんの尊い命が亡くなり、そしてまだそれは増えようとしています。もちろん、直ちに、ではないけど、かなり近い将来に。今度は原発のおかげで。働き過ぎた、或は働かせ続けられた、原発のおかげで。福島一号機が吹っ飛んだとき、自分を呪いました。どうして、今日までに止められなかったかと。働きかけてはいた、でも、結局はまだ動いている。そして大地震が来た。フクシマは爆発した。でも、まだ動いている。日本全国で。山口県上関市では今年一杯で埋め立て完了の予定で工事を進めていくみたいだし、一旦は建設一時見合わせ、というニュースが東京で流れた大間もこの分だといつ工事が再開されてもおかしくない状況かと思います。もしかしたら、既に再開されているかも知れません。何もかも、今この段階でもご周知の通り、現在進行形です。もう原子力に頼るのはやめよう。そして、もう新しい原発を作るのだけはやめよう。クリーンなエネルギーに変えていって古い炉心は順次止めていこう。そして、放射能と向き合って前向きに元気よく生きよう。とにかく、青森の美しい海にもう新しい原発はいらない。六ヶ所だってあるし東通だってある、もう十分だ。そして、大MAGROCKを企画されている皆様、そこへ参加する皆様へ心からの応援と感謝と尊敬の念を。自分は海外での仕事があるため、現地に参加することは現段階では難しいのですが、せめてこうして応援メッセージだけは書かせて頂こうと思いました。もちろん、突然に身体があけば行きます。とにかく、応援しています「大MAGROCK」!!そして「NO NUKES ONE LOVE」という言葉とともに感謝の意を北の大地に飛ばします。読んで下さって、ありがとう!!みんなで新しいクリーンな世界を作っていきましょう。

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【サヨコ】さん

放射能に憎しみや恐怖でなく、感謝をもつ。
このビジョンは私の中で、大きな希望となっています。
もともと自然界に存在していた放射性鉱物 。
人間の都合で、大地から深く掘り起こし、加工して、利用していたのですから、放射能そのものが悪、なわけではないのです。
その大地の強力なエネルギーを負のものとし、毒に変えたのは、私たち人間です。
今回のことは、人類がすでに作り上げてしまった原発という負のエネルギーと、今後どのように生きていくか、をあらためて受け止める強力なシフトのときです。
そしてそれは、原発をとうしてあらわれる、自らの意識のありかたにつながっていきます。
私たちは私たちの未来を、自由意志で選んで、想像して、創造することができる。
日本のあちこちで、それぞれの立ち位置で、シエアして発信していこう!

サヨコ(from サヨコオトナラ)